2023年5月、国税庁が「信託型ストックオプションは権利行使時に給与所得として課税する」という見解を公式に示した。これは多くのスタートアップが前提にしていた「譲渡所得20%課税」と最大約55%の差で、後出しジャンケンのように映った。それから3年、令和6年度税制改正で税制適格ストックオプションの年間行使価額上限は最大3,600万円に引き上げられ、保管委託要件も緩和された。スタートアップの報酬設計は、この2つの動きを境にきれいに前と後ろに分かれている。学生としてオファーレターでSOを提示されるとき、何を読み取ればいいのかを整理する。
現状:3種類のSOと、税率が桁違いに違う理由
現在、国内スタートアップで使われるストックオプション(SO)は大きく3種類ある。1つ目が「税制適格SO」。租税特別措置法29条の2に基づき、所定の要件(行使価額が時価以上、行使期間、年間行使価額上限など)を満たすと、付与・行使時には課税されず、株式売却時に譲渡所得として約20.315%の税率がかかる。2つ目が「税制非適格SO」。要件を満たさないSOで、権利行使時の経済的利益が給与所得として総合課税される。所得が高い層では住民税と合わせて最大約55%になる。3つ目が「信託型SO」で、発行体が信託に大量のSOを発行し、後から従業員に割り当てる仕組みだ。
2023年5月以前、信託型SOは「個人が信託から購入する」という建付けから、譲渡所得課税(約20%)で処理できると説明されることが多かった。だが国税庁の見解で、実質的に役務提供への対価であり、行使時に給与所得課税が原則という整理がなされた。この見解はあくまで「従前から給与課税」という解釈の確認だが、すでに数百社が信託型を組成・運用していたため、上場準備中の企業の有価証券届出書や監査対応の現場では混乱が広がった。
学生視点で重要なのは、同じ「ストックオプション」という言葉でも、税率差が約35ポイント開きうるという事実だ。仮にエグジット時に1,000万円分の含み益があった場合、税制適格なら約200万円の納税で済むが、給与課税ならざっくり550万円が消える。「権利行使してから売却するまで」の資金繰りまで含めて、設計の差は実額として効いてくる。
背景:令和6年度改正と、信託型再設計の流れ
令和6年度税制改正で、税制適格SOの主要要件が二つ緩んだ。第一に、年間の権利行使価額の上限が、従来の一律1,200万円から、設立5年未満の株式会社は2,400万円、設立5年以上20年未満で非上場(または上場後5年未満)は3,600万円へ拡大された。第二に、保管委託要件が緩和され、これまで証券会社等での管理に限定されていたものが、発行会社自身による株式管理スキームでも可能になった。前者は付与可能な総額の自由度を、後者は管理コストと使い勝手を大きく改善した。
もう一つの伏線が、2023年7月7日付の国税庁通達改正で、税制適格SOの権利行使価額算定に「セーフハーバー的な特例方式(純資産価額方式に近い算定)」を使ってよい、と明示されたことだ。これにより、シードから初期シリーズで権利行使価額を低く設計しやすくなり、税制適格として行使できる従業員のキャピタルゲインが事実上拡張された。これらの改正が重なって、ここ1〜2年は「とりあえず信託型」だった起業家が、まず税制適格をフルに張り、不足分のみ別スキームで上乗せする方向に戻ってきている。
信託型SOは消えたわけではなく、「税制適格・信託型」というハイブリッド設計に再編されつつある。発行会社が信託にSOを発行し、付与対象者を後決めできるという信託型の魅力は残しつつ、付与時に税制適格要件を充足するよう契約条項を整える形で生き残っている。経過措置の期限(令和6年12月31日)を境に、既存契約の巻き直しを進めた企業も多い。法務・税務・人事を横断する複雑な設計で、IPOやM&Aの出口まで一気通貫で組まないと事故が起きやすい領域だ。
事例:実際のオファーで見られるパターン
ケース1:シリーズAのSaaS企業(時価総額30億円)。新卒2人目のソフトウェアエンジニアに、税制適格SOを潜在株式比率0.3%相当で付与。行使価額は直近ラウンドの時価より低い特例方式の評価額を採用し、ベスティングは4年(1年クリフ、月割)。年間行使価額上限の引き上げにより、付与上限のヘッドルームが大きくなったことで、シニア人材向けのフォローオン付与もやりやすくなったという。
ケース2:シリーズCの生成AI企業(時価総額300億円)。CFO・VPoE層には税制適格SOで上限近くまで張り、その上の層にはRSU(譲渡制限付株式ユニット)や、新設の有償ストックオプション(行使価額付き)を組み合わせる。上場後5年経過すると税制適格として付与できる対象者は限られるため、IPO前後をまたぐ報酬設計を逆算して、すべてのプランを設計し直すのがこの規模で目立つ動きだ。
ケース3:信託型をすでに運用していたシリーズBのバイオ企業。給与課税見解の公表後、既存の信託型を解約・組み直しし、税制適格・信託型に再設計した。受益者指定の条項や、行使条件、退職時の取り扱いを契約変更で揃え、税理士法人・法律事務所・主幹事証券の三者でレビューを通している。改正前のSOを保有する従業員にとっては、再付与が現実的か、それとも給与課税前提で運用するかの選択になる。バイオやディープテックのようにIPOまでの期間が長くなりがちな業界では、この決断のタイミング如何で、将来の手取りが数千万円単位で変わってくる。
学生・若手にとっての示唆
オファーレターでSOの株数を見るとき、最低限チェックしたいのは4点ある。1つ目、税制適格か非適格か信託型か。2つ目、行使価額と、ベースとなる直近ラウンドの時価。3つ目、ベスティング条件(年数・クリフ・退職時の扱い)。4つ目、行使期限とIPO・M&A時の取り扱い。これを聞いて答えに詰まる企業は、まずSO設計そのものが整っていないと見ていい。逆に、これらを資料込みできちんと説明してくれる企業は、CFO・人事・顧問弁護士のラインが機能している。
もう一つ。SOは「もらえる株数」ではなく、「将来の税引き後キャッシュフローの期待値」で評価したほうがいい。同じ株数でも、税制適格と非適格では手取りが3倍違いうる。さらに、行使タイミングで多額の現金が必要になる場合もあり、その資金調達の手段(行使価額ローン、自己資金、ネット行使など)も合わせて確認する価値がある。慶應から行く新卒キャリアでも、商社や金融の総報酬と比較するなら、SOの税引き後の数字に直すのが正しい比較軸だ。
ストックオプションは、ここ3年で「とりあえず信託型」から「まず税制適格をきちんと張る」設計へ揺り戻している。背景には、国税庁の信託型課税見解と、令和6年度税制改正による税制適格の使い勝手向上がある。設計トレンドは固まりつつあるが、契約条項の細部、特例方式での評価額の算定、出口でのRSU・有償SOとの組み合わせ方は、いまも各社が試行錯誤している領域だ。学生としては、SOの種類と税務処理の組み合わせを「読める」だけで、オファー比較の精度はぐっと上がる。新卒の段階で投資銀行家やVCのアナリスト並みの理解は要らないが、税制適格と信託型の違いを面接の場で逆質問できる程度の知識は、確実に差別化要因になる。