「Z世代の起業家ブーム」という言葉が、ここ数年メディアを賑わせてきた。20代でシード調達、学生のうちに会社を設立、そんな見出しが日常的に並ぶ。ところが2025年5月に帝国データバンクが発表した「2024年新設法人動向調査」は、その印象とは正反対の数字を突きつけた。新設法人代表者の平均年齢は48.4歳。2000年以降の調査で過去最高値を更新したのである。日本の起業家像は、本当に「若返っている」のだろうか。

現状:高齢化する日本の起業家、米国との重なり

帝国データバンクのデータをもう少し細かく見てみる。2024年に新しく設立された法人の代表者を年代別に分けると、60歳以上の比率は18.6%。前年の17.0%から1.6ポイント上昇し、こちらも調査開始以降で最高となった。40代と50代を合わせた中堅層が依然として中心であり、20代の代表者比率は1割を下回る年が続いている。スタートアップ報道で目立つ「20代の若手CEO」は、新設法人全体の中ではむしろマイノリティに近い存在だということになる。

この傾向は日本だけの話ではない。MIT Sloanのピエール・アズレイらが米国国勢調査局のデータを用いて行った研究では、米国における起業家の創業時平均年齢は41.9歳、しかも上位0.1%の高成長スタートアップに絞ると平均45.0歳まで上がる。ハーバード・ビジネス・レビューに掲載された同研究の結論は明快だった。「最も成功確率が高いのは、20代の若者ではなく40代の経験者である」。シリコンバレーの伝説的なイメージとは裏腹に、データは中堅層の方が成功率で勝ることを示している。

INITIALが定点観測してきた日本のスタートアップ調達データを併せて見ても、シリーズBやCといった成長フェーズに進む企業の創業者は30代後半から40代が中心であり、20代単独での大型調達は依然として例外的だ。「若い起業家」と「成長する起業家」は、必ずしも同じ集団ではない。プレシード段階では学生起業家の存在感が確かに増えたが、累計調達額の上位リストに名を連ねるのは、依然として大企業出身のミドル世代である。

背景:なぜ平均年齢は上がり続けるのか

日本の起業家平均年齢が上がっている第一の理由は、シニア層の起業が増えていることにある。退職金や年金を原資に小規模事業を立ち上げる60代、70代が増え、新設法人の母集団そのものを押し上げている。政府の「スタートアップ育成5か年計画」や経済産業省の補助金制度は20代だけを対象にしているわけではなく、再就職支援や事業承継支援とも結びつきながら、中高年の独立を後押ししている。

第二の理由は、大企業からの転身ルートが整ってきたことだ。副業解禁、リモートワーク、業務委託契約の増加によって、フルタイム雇用を抜けてから起業するハードルは構造的に下がった。30代後半から40代の管理職クラスが、社内で得た顧客や知見を持ち出して独立する「カーブアウト型起業」が静かに広がっている。専門性と人脈が揃ったタイミングで動くため、創業時の平均年齢を押し上げる方向に効く。

第三に、起業の「中身」自体が変化していることも見逃せない。SaaSやAI、ヘルステックなど専門性とドメイン知識が問われる領域が増えるほど、業界で10年以上の経験を積んだ40代の方が立ち上げに有利になる。MITの研究で「3年以上の業界経験者は成功確率が85%高い」とされていたのと整合的だ。Web3やゲームなど「若さが武器になる領域」もあるにはあるが、市場全体を見ればドメイン経験者が優位な構造に傾いている。加えて近年は、生成AIによって個人が扱える業務範囲が広がり、創業初期に必要な人員数が減ったことも、経験豊富な単独創業者の参入を後押ししている。

事例:年齢分布が示す3つのリアル

象徴的な事例として、2026年に注目を集めるバイオベンチャー創業者の多くは40代以上の研究者だ。製薬企業や大学研究室での長い修行期間を経て独立するケースが目立ち、ディープテック分野ではむしろ「若い創業者を探す方が難しい」と言われる。研究開発に5年、薬事承認に数年といった長い時間軸を耐えるためには、専門性と資本市場との信頼関係が要る。

一方で、米国ではFigure AIのブレット・アドコックのように、過去にエグジット経験を持つ40代のシリアル起業家が連続して大型スタートアップを立ち上げる構図が定着している。アドコックは人材プラットフォームVetteryを売却し、電動航空機Archer Aviationを上場させた後、2022年にヒューマノイドロボット企業Figureを設立した。創業時点で35歳前後、現在は40代。豊富な経営経験を武器に2025年には$675Mを調達し、評価額は$39Bに達した。「20代の天才」よりも「複数回のエグジット経験者」が、最も大きな資金を引き寄せている。

では20代の若手は不利なのかというと、必ずしもそうではない。米国ではAnthropicやxAIなど大型AI企業の周辺で、20代のリサーチャー出身者が独立して資金調達するケースは確かに増えている。日本でも東大、京大、慶應の学生起業家がプレシードで数千万円規模を集める例は珍しくない。ただし、それらは新設法人全体から見ればごく一部であり、メディア露出と実数の乖離を冷静に見るべきフェーズに入っている。「若い起業家が増えている」というナラティブと「平均年齢が上がっている」という統計は、矛盾しているのではなく、母集団そのものが拡大している現象として両立する。

学生・若手にとっての示唆

では慶應生のような学生・若手にとって、この数字はどう読めばいいのか。第一に、「20代で起業しないと遅い」という焦りは、データに照らせば根拠が薄い。むしろ業界経験を積んでから動く方が、長期的な成功確率を高めるという裏付けがある。新卒で大手企業や成長スタートアップに入り、3〜5年ドメインを掘ってから独立する選択肢は、十分に合理的だ。むしろ怖いのは「焦って起業したけれど解像度が足りず、3年で資金が尽きる」というシナリオで、これは年齢層によらず起こりうる失敗である。

第二に、それでも在学中・若手のうちに起業する場合に効くのは、共同創業者の組み方である。学生CEO単独で進めるよりも、業界経験のあるシニアをCOOやCTOに迎える、あるいは学生スタートアップ同士でドメイン知識を補完する形が、米国研究が示す「成功要因」と整合的だ。慶應スタートアップ・ラボやKBSのネットワークを使うべきなのはこの点で、年齢の異なる人材を組み合わせる場として活用できる。OBOG訪問を採用や資金調達の前段として位置づけ直すと、年齢分布の現実に沿った戦い方が見えてくる。

起業家の平均年齢が48.4歳という数字は、若者の挫折ではなく、起業という選択肢が日本社会のキャリアの中で広く分散していることを示している。20代で挑む者も、40代で動く者も、60代で再出発する者も、それぞれに合理性がある。重要なのは「いつ始めるか」ではなく、「何を持って始めるか」だ。経験、専門性、人脈、資金、覚悟、そして共に走る仲間。これらの組み合わせが揃ったときが、その人にとっての最適な創業タイミングなのだろう。データが教えてくれるのは、若さ自体に価値があるのではなく、準備の質に価値があるという当たり前の事実である。