日本経済新聞の2026年度採用計画調査によれば、大卒初任給を30万円以上に設定した企業は245社、前年から約9割増となった。回答企業の約2割が30万円以上のラインに乗ったことになる。大卒初任給の平均は26万7,220円、前年比4.5%増で、過去最高を更新した。首位は60万円を提示したROBOT PAYMENTと地主株式会社。ITやコンサル、ゲーム、不動産、資源系といった「これまで初任給上位ではなかった業種」が一気に上位に食い込んだ。一方で、商社・銀行・自動車のような旧来の人気企業は、表面の初任給ではなく「総報酬」や「ジョブ別」での競争に切り替えつつある。

現状:初任給30万円以上、5社に1社という景色

日経の集計を縦に並べると、変化のスピードがよく分かる。2025年度時点で初任給30万円以上は128社程度だったが、2026年度は245社へ約1.9倍に。回答企業の約2割が30万円ラインに到達し、首位はROBOT PAYMENTの60万円、地主の60万円、続いてサイバーエージェントの42万円、Sansanの34.5万円〜40万円、GMOペパボの38.5万円といった構成だ。就職人気企業上位20社のうち16社が30万円以上となり、もはや「30万円が珍しい」フェーズは過ぎている。

スタートアップ/ベンチャー側を見ると、初任給は同水準か、ジョブ・職種で大きく分散している。営業・コンサル・IT/SaaS業界では、新卒で初任給30万円以上・年収400万円超を提示する企業が増えた。さらにAIエンジニアや上位のプロダクトマネージャー候補に対して、新卒で年収700万円〜1,500万円のレンジを提示するスタートアップも一定数現れている。横並びの一律基本給ではなく、職種・成果型のレンジ提示が前提という点が、伝統的な大企業との最も大きな違いだ。

選考タイミングも変化している。インターンシップを実質的な早期選考の場として活用する企業が圧倒的に増え、夏前にオファーが出るスタートアップも珍しくない。大企業も「採用直結インターン」のルール緩和以降、3年生の夏〜冬に内々定相当のオファーを出すケースが目立ち、従来の経団連スケジュールに合わせた春一斉採用の比重は下がっている。新卒採用市場は、見た目以上に「通年化」と「初期段階での囲い込み」が進んでいる。

背景:給与の戦略化と、AIの逆風

ここまで急速に初任給が上がった背景は、大きく3つある。1つ目は労働市場の慢性的な売り手化。少子化で18歳人口が減り続けるなか、大卒・院卒の優秀層を取り合う構造は確実に強まっている。2つ目は、SaaS・AIスタートアップの台頭で、エンジニア・PdM・データ職など、特定スキルへの相場が一気に切り上がったこと。3つ目は、賃上げを国策として後押しする政策環境で、ベース全体の引き上げに反対しづらい空気が広がったことだ。

ただし、初任給は一斉に上がったわけではない。「給与の戦略化」と呼べる動きが進んでいる。たとえば商社・銀行・自動車のような従来のトップ就職先は、初任給を上げる代わりに、ジョブ型雇用・職務別レンジ・ボーナス連動を強化し、「総報酬」で見たときの上位優位を保つ方向に動いている。コンサル・ITは初任給そのもので殴り合う一方、伝統的大企業は『5年目以降の伸び』で勝負する。同じ大卒オファーでも、内部構造はかなり違うものを比べていることになる。

もう一つ、無視できない変化として、AIに代替されやすい職種の採用は明確に縮んでいる。日本人材ニュースONLINEなどの調査では、就職人気企業20社のうち16社が初任給30万円以上を提示する一方で、AIに代替される可能性が高い職種——定型事務、ジュニアレベルのコーディング、初級アナリストなど——の採用枠は減らされている。「全員30万円時代」ではなく、「30万円以上を提示してでも採りたい人材」と「採用そのものを縮める職種」の二極化が、いま起きている景色だ。

事例:3つの異なる戦略

ROBOT PAYMENT。オンライン決済代行を手がける東証グロース上場のSaaS企業で、2026年卒から「年収720万円コース(初任給60万円)」を新設した。狙いはハイレイヤーのエンジニア・営業候補で、通常コースと併走させて、職種・力量に応じてレンジを提示する建付けだ。初任給60万円という見出しの裏には、入社時から「ジョブ別」「成果連動」を埋め込みたいというSaaS企業らしい意図がある。

サイバーエージェント。初任給42万円を一律ラインとして提示し、IT・ネットサービスの中でも高水準のベースを敷いている。GMOペパボの38.5万円、Sansanの34.5万円〜40万円、サイボウズや任天堂の30万円台と合わせて、いわゆる「デジタル系の各社が30万円台前半を当然のラインにする」相場感を作り上げた。スタートアップ単独では難しい水準を、ある程度規模のあるIT企業が押し上げている構図だ。

対照的なのが、商社・銀行・自動車に代表される旧来の人気企業群。初任給そのものは30万円前後でぎりぎり踏みとどまるか、それ以下に見えるが、住宅手当、家族手当、海外赴任手当、退職金、企業年金、株式報酬を合算した「総報酬」で見ると、5〜10年目で大きく開く。さらに、ジョブ型採用枠(投資銀行型・データサイエンス型・グローバル経営人材型)を別建てで設け、特定職種にはスタートアップに近いレンジを別建てで提示するケースも増えている。表面の初任給だけで比較すると、これらの企業は確実に過小評価される。

学生・若手にとっての示唆

オファー比較で見るべきは、初任給の数字より3点。1つ目、職種・コースが何に紐づいているか(ジョブ型か総合職か)。2つ目、5年後・10年後の年収レンジが社内モデルとして提示されているか。3つ目、ストックオプション、RSU、ボーナス、福利厚生を含めた「総報酬」の比較。30万円のスタートアップと、表面30万円の総合商社では、入り口の数字は同じでも構造はまったく異なる。慶應から行くキャリアでは、両方の業種に内定が出ることが珍しくないからこそ、構造で比べる訓練が要る。

もう一つは、選考時期と通年化を前提に動くこと。インターン参加そのものが事実上の早期選考になっている企業が多く、3年生の夏には主要な勝負がついていることも珍しくない。スタートアップは特に「読み手として有望な学生」を業務委託や長期インターンで先に押さえに来る。給与水準の底上げは、その分だけ採用の選別が早く・厳しくなったことの裏返しでもある。

2026年の新卒採用市場は、初任給30万円以上が約2割という「平均」が新しい標準になりつつある。だが、その裏側では、ジョブ型・成果連動・通年化が同時に進み、「全員一斉に上がった」のではなく、「上げる職種・人材」と「採用を絞る職種」の選別が起きている。表面の数字より、職種設計、5年後の伸び、総報酬の構造を見て、自分のキャリア仮説と照らし合わせる——これが、当面の新卒就活でいちばんリターンの高い意思決定になる。同期と比べた瞬間風速の年収より、自分が5年後・10年後に何をしているかの解像度のほうが、はるかに就活の打率に直結する。労働市場全体の地殻変動は続きそうで、2027卒以降はさらにジョブ型と通年化の方向にシフトしていく可能性が高い。