2025年1月、Coupang傘下のフードデリバリー「ロケットナウ(Rocket Now)」が日本市場へ再参入した。Coupangといえば、ハーバード卒のキム・ボム(Bom Kim)が2010年に米国で創業し、ニューヨーク証券取引所に上場、年間売上は約330億ドルに到達した韓国最大級のEC事業者である。本国の電子商取引で圧倒的なシェアを握る企業が、なぜいま日本でフードデリバリーを再開するのか——その問いの裏には、韓国スタートアップ全体が抱える「国内市場の頭打ち」と「グローバル前提のビジネス設計」という構造がある。
現状:海外比率を急速に高める韓国勢
中小ベンチャー企業部(MSS)の集計によれば、韓国のユニコーン企業数は2026年初頭時点で22社、そのうち6割以上が売上の30%超を海外市場で稼いでいる。日本のユニコーンが国内売上中心であるのと対照的だ。Toss(ビバリパブリカ)は登録ユーザー3,000万人を抱え、銀行・証券・決済の統合ライセンスを保有しつつ、2026年後半までに50万台、2027年までに70万台の決済端末を国内設置する計画を公表した。同時に米国・東南アジア市場への送金・決済展開も加速している。
Naverの子会社Webtoon Entertainmentは2024年に米Nasdaqへ上場し、月間アクティブユーザーが世界8,200万人、累計ダウンロード2億件超に到達した。LINE Digital Frontierを通じて運営する日本の「LINEマンガ」は、2025年に日本の縦読みマンガスタジオ「ナンバーナイン」へ持分投資を行い、現地クリエイターエコシステムへの組み込みを強化している。同社にとって日本は単なる海外市場ではなく、コンテンツ供給と収益化の両軸で重要な拠点になっている。
Kakaoは韓国国内の人口の95%超にリーチするメッセンジャー「カカオトーク」を持ちながら、Kaiaブロックチェーン上でのウォン建てステーブルコイン構想を2026年に正式発表した。一方、Coupang PayはNYSE上場親会社のフィンテック部門としてステーブルコイン発行を含む人材募集を進めており、年間最大2億ドル規模のカード手数料・国際送金コスト削減を見込んでいる。フィンテックと決済領域でも、韓国勢はグローバルかつ国境横断的な動きを取り始めている。
背景:なぜ韓国勢は外へ出るのか
もっとも大きな要因は、韓国の国内市場規模の限界だ。人口5,100万人、生産年齢人口は2020年をピークに減少局面に入っている。スタートアップが本気で成長を狙う場合、国内のみでは数百億円規模で頭打ちになり、ユニコーンを生み出す土壌としては小さい。そのため経営者は最初から「自国+アジア+北米」のセグメントを前提に事業を設計する傾向が強く、英語ドキュメント、米国法人、ドル建て決済を初期から組み込む。
二つ目は政府の支援体制だ。中小ベンチャー企業部はK-StartupブランドのもとでCESや海外見本市への大型派遣を継続し、2025年には1,000社近くの韓国スタートアップが海外イベントに出展した。輸出入銀行や中小企業振興公団のグローバル進出ファンドも厚く、初期からドル建ての海外展開を行う事業に対して資金とネットワークを供給している。日本のJETROやJ-Startupと比べても、海外進出の補助線が制度として太い。
三つ目に、K-POP・Kドラマ・Kコンテンツが切り開いた「ブランドの先行優位」がある。BTS、BLACKPINK、Netflixの『イカゲーム』や『SQUID GAME 2』のヒットによって、韓国発のプロダクトは海外市場で「先入観なく試してもらえる」状態が作られた。Webtoon、ファッション、化粧品、フードテックなどでこの追い風は明確に効いており、韓国スタートアップは創業初期から海外マーケティング投資の効率がよい。HYBEがWebtoon EntertainmentやNetflixとIPアライアンスを結ぶなど、エンタメ大手とスタートアップが組んでグローバル展開する事例も2024〜2026年で確実に増えてきた。
事例:日本市場での攻防
Coupangの食品配達サービス「Rocket Now」は、2024年に一度日本撤退したと報じられた後、2025年1月に再参入した。出前館・Uber Eats・Woltが寡占する市場に韓国流の在庫保有モデルと圧縮した配送網で挑む構図で、Coupang本国で培ったロジスティクスを輸出する試みでもある。日本のフード配達市場は2025年に約1兆4,000億円規模に成長したと推計されており、頭打ちの本国市場と比べれば依然として伸びしろがある。
Naver傘下のLINEヤフーは、韓国親会社との資本関係の調整が日韓両政府の関心事項になりつつ、コンテンツ・コマース・広告分野で日本市場における存在感を維持している。LINEマンガはピッコマと並ぶ縦読みマンガの二強体制を作り、Webtoon Entertainmentが上場後の戦略として日本でのスタジオ買収・出資を継続している。コンテンツIPと配信プラットフォームを両方持つ韓国勢の強さが、日本市場で具体化した形だ。
化粧品・D2Cの領域でも、Stylenanda(3CE)の親会社L'Oréalによる買収以降、APR、Goodaiglobal、Olive Youngを通じた日本市場への流入が加速している。Olive Youngは2025年に渋谷、原宿への直営展開を進め、2026年には新宿・大阪を含む拡張計画を公表した。「店舗を持たないオンラインD2C」から「店舗とアプリのハイブリッド」へ、戦略が一段進化している点も注目に値する。
学生・若手にとっての示唆
韓国スタートアップの動きを観察する価値は、「グローバル前提の事業設計とは何か」を具体的に学べる点にある。プロダクト名、ブランド、ドキュメント、初期顧客のセグメントまで多言語で設計するという発想は、日本のスタートアップに長く欠けていた要素だ。慶應に来ている留学生や韓国系学生コミュニティと接点を持つこと、Korea Investment WeekやNextRiseのような韓国スタートアップイベントを覗くだけでも、日本のメディアからは抜け落ちる情報が手に入る。
同時に、韓国勢の進出は日本の若手にとって新しいキャリア機会でもある。Naverやcoupang、Tossの日本拠点はバイリンガル人材を継続的に採用しており、報酬水準もメガベンチャー並みかそれ以上になることが多い。日韓間の事業を行き来する人材は今後10年で確実に希少価値が上がる。韓国語を本格的に勉強するハードルが高ければ、英語+プロダクト・マーケティングのスキルだけでも十分に入口になり得る。
韓国スタートアップの海外進出は、もはや「観察するもの」ではなく、自分の身近な市場で起きている現実である。日本のスタートアップ側にとっては競合の脅威であり、学生・若手キャリア層にとっては新しい就業先と提携相手の選択肢である。コンテンツ、フィンテック、コスメ、ロジスティクスといった領域で、韓国勢の動きを定点観測する習慣をつけておくと、日本の業界の地殻変動が一歩先に見えるようになる。隣の国の若い経営者たちが何を考えているかは、これからの10年、日本の仕事のかたちを規定する重要な変数になる。